アリドネパッチ発売1周年記念講演会

アリドネパッチ発売1周年記念講演会でアルツハイマー病の治療について講演しました。

昨年末より本邦でもアミロイドβをターゲットとした治療ができるようになりました。こちらlecanemabに続き、donanemabも使用可能になりました。

いずれも初期アルツハイマー病が対象ですから、いかに早期に専門医療機関を受診するかが鍵です。アメリカでは健康診断で認知症のチェックをするので家族の相談が早いのですが、日本は介護保険導入時が多く、認知症診断時期が遅い。こちら。東京労災病院がある大森では、大森医師会が認知症検診を行っているので、lecanemab対象患者のほとんどが紹介患者です。当初いかに軽度の認知症を集めるかが課題でしたが、私たちは懸念材料がひとつ減りました。

ご紹介いただいたら、正確に認知症の診断をしなければなりません。lecanemabの治験でもdonanemabの治験でも、治験に参加するような認知症のエキスパートでも、エントリーすると2/3程度除外されました。もちろん、mini-mental state examination(MMSE)の点数が基準に達せず除外されるケースもありますが、アミロイドPETなどでアミロイド蓄積が否定されるケースもあります。新潟大学の研究でも、臨床的に診断されたアルツハイマー型認知症のうち約40%が、髄液マーカーでアルツハイマー病以外の病理が示唆されました。それだけ初期のアルツハイマー病の診断が難しいということです。

アミロイドβのバイオマーカーだけでアルツハイマー病の診断ができるわけでもありません。アミロイドPETのガイドラインにも記述されているように、陰性なら認知機能障害の原因疾患がアルツハイマー病である可能性は低いと判断できます。陽性だった場合、アルツハイマー病の可能性がありますが、他の疾患でも陽性なることがあります。例えば、レヴィ小体型認知症のcommon formはアルツハイマー病理を伴いますアミロイドPETでも陽性になります。そもそもアミロイドPET最初の剖検例はレヴィ小体型認知症でした。前頭側頭葉変性症でもアミロイドが溜まっていることがあります。ただし、病理の検討では、行動異常型前頭側頭型認知症と診断された患者のうち、13%がアルツハイマー病、Pick病は7%と報告されていますから、臨床診断は難しい... 複合病理もあります健常者でも陽性のことがあります。それゆえ、lecanemabのガイドラインdonanemabのガイドラインでは無症候アミロイドβ病理を示唆する所見のみが確認できた者は対象外とされています。ただし、アミロイドPETのガイドラインには、アミロイド陽性所見の意義は被験者の年齢に依存しているので、発症年齢が若い場合は鑑別診断における臨床的有用性が高いと記述されています。

私見ですが、早期アルツハイマー病の鑑別のポイントは、若年者では、前頭側頭葉変性症・多発性硬化症の再発・遺伝性疾患など、高齢者では嗜銀顆粒性認知症・神経原線維変化型老年期認知症・血管性認知症などをしっかり鑑別することだと思っております。アミロイドPET・髄液の結果に関わらず、従来の診断手法は必須ということです。

抗アミロイド抗体薬の対象外になってしまっても、悲観することはないと思っております。現行のlecanemabdonanemabもアルツハイマー病を根本的に治癒するわけではありません。アミロイドβは確実に減らしますが、症状が改善するわけではなく、進行が緩やかになるだけです。ちなみに、ドネペジルガランタミンも、一時的ではありますが、症状を改善します。アルツハイマー型認知症と診断した患者にドネペジルガランタミンなどコリンエステラーゼ阻害薬を投与すると、次の受診時に、患者家族から、〇〇ができるようになったなど、喜びの声を聞きます。抗アミロイド抗体薬ではそのような経験がありません。だから、私は認知症レベル(軽度認知障害ではなく)と診断したlecanemab例では、コリンエステラーゼ阻害薬を併用します。併用すると、1部の症例で6ヶ月後のMMSEの点数が上がる症例も経験します。また、様々な悪化の危険因子がわかっていますから、内科医としては、危険因子是正も重要な仕事です。

APOE遺伝子ε4は日本人のAlzheimer型認知症発症における強力な遺伝子的危険因子ですが、抗アミロイド抗体薬の副作用であるAmyloid-related imaging abnormalities(ARIA)の危険因子でもあることがわかってきました。lecanemabdonanemabaducanumabの治験でもAPOE4はARIAが多かったです。実際の症例はこちらこちら、いずれもAPOE ε4アレル ホモ接合でした。ですので、認知症の専門医は遺伝子カウンセリングの知識が必要です。


以上の内容を踏まえ、老年精神医学雑誌第35巻第12号に診断の特集を組むとともに、総説を書きました。まもなく出版されますのでぜひお読みください。

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